FTSSIが提案する
「トレーサビリティ・システムの相互運用について」

2.トレーサビリティの普及のために

(3)普及のためのインセンティブ

 TraceFishの開発を担当したPetter Olsen博士(ノルウェー漁業・養殖業研究所 上席研究員/トロムソ大学助教授)は、当初、トレーサビリティが普及しないのは、使用するソフトウェアの機能等が十分でないからと考えていた。しかし、その後、普及を促進するためには、ソフトウェアの機能の改善では根本的な解決にはならず、サプライチェーンを形成する生産から小売段階までの関係業者に対して、インセンティブを提供する必要があると考えるに至った。

図5.トレーサビリティの要件と効果 “オルセンの卵”

  中央の大きな楕円(卵)には、トレーサビリティを実現する上で必要な要件が示されている。関係企業や団体には、これらの要件を満たすよう業務やシステムの整備、見直し等が求められる。

 トレーサビリティを実現することで得られる効果が、卵の左右に示されている。

 左側に示された効果は、食品の安全確保や関係法令への対応である。非常に重要ではあるが、一般的にこのような効果は、関係企業・団体にとって、積極的にトレーサビリティに取り組むためのインセンティブにはなり難い。これらの効果だけでは、トレーサビリティはコスト要因として捉えられてしまう。

 右側には、ビジネス上で期待される直接的または間接的に利益に結びつく効果が示されている。各種コストの削減や、サプライチェーン間の連携強化による競争力や結束力の強化など、ビジネス上のインセンティブが多数示されている。

 このようにトレーサビリティの実現や取り組みには二面性があり、その普及にはコスト要因や遵法要因を強調するだけではなく、ビジネスとしてメリットがあることの理解を広め、インセンティブを作り出すことが重要である。普及に向けた理解促進を図るとともに、実際のビジネスでメリットが得られることを検証し、数多くの成功事例を早期に作り出し、関係業界等に提示することが肝要であると考えられている。

 サプライチェーンの担い手である企業にとって、コスト削減はトレーサビリティ導入の非常に大きな決め手となると言える。TraceFishの生みの親であるPetter Olsen博士が示しているように「ビジネス上での直接または間接的な利益を生む効果」を実現することにより、ビジネス上のインセンティブが生まれる。そのためには、トレーサビリティ導入が、製品の差別化による売上の拡大や業務改善(在庫管理等)による利益の拡大を導き出す一つの方法であることを示す事例を多く作り、広く宣伝し業界全体にメリットを認識させる必要があると考える。

 TraceFishでは、プロジェクトによるシステム導入を促進していた。プロジェクト参加企業には、トレーサビリティの研究・開発費等に対する減税処置というインセンティブを与え、システムの普及を支援していた。

 加工食品においてのワンステップバック、ワンステップフォーワードの実現は、自己防衛とコストの削減というインセンティブがあると考えられる。
 しかし、そのコードが独自コードであることから、チェーントレーサビリティが実現できても、そのチェーンは単一であり、複数の組織に対する広がりは期待できそうもない。ある企業が製品を複数の下流の企業に出荷する際に、その下流にある企業がそれぞれ独自コード、伝達情報による納品を指示していれば、それぞれの企業毎にコードを設定(変換)する必要が生じ、結果、その費用が莫大なものとなり、上流の企業における利益を圧迫するものになる。
 このコストを削減することにより、ビジネス上のインセンティブが喚起されることになるが、それを可能とするためには前提として、コードと伝達情報の標準化が必要になると考えられる。

 @コードの標準化に加え伝達情報のデータ形式を定義することにより、システム導入費用におけるコスト低減が可能となるとされている。
 さらに、Aシステムベンダーが標準化されたデータ定義を取り入れたシステムを標準パッケージとして開発することによって、システム導入費用の低減が可能となり、トレーサビリティの普及に大きな影響を及ぼすことになる。

 結果としてシステムベンダー業界においても、トレーサビリティシステムの市場が活性化され、多くのシステムベンダーの参入による競争が激化することによって、システム価格の低減とシステムの品質向上という有益なスパイラルが形成される。そうしたスパイラルの中で、相互運用する情報についても徐々に整理され、プライバシーとされる情報と伝達すべき情報が標準として一般に定着することが期待される。

※もっとも、このコスト削減には、コードやその伝達内容、システム費用だけではなく、運用費用として、経済的な観点から製品に対して個別認証するためのラベルの貼り付けコストや貼り付けた紙、もしくは電子タグの回収等の費用、特にその作業における人件費についても検討しなければならないことに留意する必要がある。


図6.トレーサビリティによる有益なスパイラル


おわりに

 ここで述べたトレーサビリティシステムの現状や抽出された課題等は、加工食品や水産食品以外の他の品目等に対しても一定の共通性と妥当性を持つものと考えられる。
 しかしながら、総ての食品トレーサビリティに共通するものであると断定することは性急である。今後、他の品目においても同様の調査を行い、より普遍性のある取り組みを確立し、相互運用性を確保したトレーサビリティシステムの早期普及を図ることが期待される。



参考資料

 本資料は、平成17年度農林水産省消費・安全局補助ユビキタス食の安全・安心システム開発事業として、当協議会が実施、とりまとめた「食品トレーサビリティシステムにおける相互運用性に関する調査報告書」を元に作成した。

  • 食品トレーサビリティシステムにおける相互運用性に関する調査報告書
  •   :1.8MB/PDF、ページ数109
      (食品トレーサビリティシステム標準化推進協議会,2005)

  • Traceability in general and traceability drivers in Europe(原文) :1.9MB/PDF
  • トレーサビリティ概論およびヨーロッパにおけるトレーサビリティの原動力(和訳) :1.1MB/PDF

  •   (Petter Olsen,2007)




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